〜Monthly Pickup Players〜
第一回 宮崎輝尚 Miyazaki  Teruhisa
〜PART 2〜
 

〜第2回 URFC入部から、全国大会まで上り詰めた2001シーズン〜

「遊びの次でしたね。生活の中で、ラグビーは一番じゃなかったです。」
 
2002年 Aリーグ最終戦、体型そっくりのPR築城とツーショット


テルが入った頃のウルトラって誰がいた?

宮崎  「隆さん(1996年度主将。FL佐藤 隆)とか、立麻さんとかがもうバリバリやってて、練習もキツかったですね。田中さん(OB現鹿児島在住)も元気
      よかったし、前3人は、白石さん(2002年度監督)、大津さん、木村さん(OB木村昌志氏。現神奈川在住)でした。バックスではセンターが加崎さん
      (OB加崎善啓)で幹泰(2002年度主将)がウイングしてましたね。」


その頃印象に残ったプレーヤーとか、影響を受けたプレーヤーっている?

宮崎  「ロックの田中さん、プロップの木村さんですね。木村さんってスクラム組む時に、声出すんですよ(笑)。スゲ〜この人って思ってました。あと大津さん
      の歳聞いて、あの当時でもう47歳ぐらいで、一試合まるっと出てたりしてましたから、あれは驚きでした。自分の親父と同じ歳なんですよ。

     あと西村さん(現URFC部長)には影響受けましたね〜。なんか密集への突っ込み方とか、言葉で言い表すのが難しいんですけど、とにかく激しかった
      ですね。味方も壊しちゃうぐらいすごかったです。しかも突っ込むスピードもすごかったですよね〜」


その頃って、自分の中でラグビーってどんな位置付けだったの?

宮崎  「その時は、まぁ遊びの次にラグビーがあったみたいな・・・ラグビーが一番じゃなかった気がしますね。

今は?

宮崎  「今はラグビーが一番面白いですね〜。と言うよりウルトラマン自体が面白いですね。」

じゃあ入った当時はあんまり真剣にというか適当にやってたわけだ。

宮崎  「昔から,僕自身は吉四六クラブもウルトラマンも結構ナメてましたね。『なんなん?たいしたことねーよ』って思ってたんですよ(笑)。
     ウチに対しても、強い当りなんかする人いても、たいしたことねーよって思ってました。やっぱ大学行って
     上を見てきてるから、『クラブチームのレベルなんて』と言う気持ちはありましたね。」

なじんで行く内に気持ちの変化とかはあった?チームとしての印象ってある?

宮崎
  「でも中に入って一緒にやってみると、大村さん(SO)とか隆さんとか、竹尾さん(CTB2002年度副将)とかすごい強いと思いましたし
    
その頃のウルトラマンは、ボール持ったら行くところまで行って、あと出せばいいやろ?っていうスタイルだったじゃないですか。
     で、・・・う〜ん・・・ビデオとか見ると、みんな結構好き勝手なことやってるっていうか、まぁ自分も含めてなんですけど
     そんな感じのチームだったですよね。あの時は。今は違うじゃないですか。無理せずに、ちゃんとボールコントロールしながらキレイに
     
いいボールをバックスに出してあげようと言うのが頭にあるような感じのフォワードプレーですよね。
     それがいつからそうなったのかちょっとわかんないんですけど、やっぱ戸惑いみたいなのはありますね。特に若い連中はそうですね。」



「全国大会は、技術、チームとしてのまとまり、すべてにおいて
そのレベルに圧倒されましたね。」
2001年度九州大会決勝直後

去年決勝で吉四六に勝って九州大会に行って、全国大会まで行ったわけだけど率直にどうだった?

宮崎   九州大会は甲南クラブとやって、負けましたけど、どうにかしたら勝てるんじゃないか?って思いました。戦法とかチームのまとまりとか、
      すごい確立された印象はありましたけど、見えない相手ではないなと。でも全国大会は、とにかく圧倒されたと言うのか、バーバリアンズ
      にしても、タマリバにしても、個人の技術もすごかったし、チームのまとまりもすごかったですよね。ホント全ての面で圧倒されました。
      バーバリアンズ戦にしても、前半いい勝負してたし手応えもあったんですけど、後半向こうはガラリと戦い方変えてきて、その辺のチーム
      としての意識の統一はすごいなって思いました。


「あの日は負ける気もしてなかったけど、勝てる気もしてなかったです。」
 
じゃあ、去年の吉四六クラブ戦に戻ろうか。はっきり言って勝てると思ってた?

宮崎  いえ、思ってませんでした(笑)。どうなるかわかんないけど、負ける気もしてなかったけど、勝てる気もしてなかったです。
      まぁやってみないとわからんな、と。6−4ぐらいの気持ちで負けるかなと思ってましたね。
      でも試合始まって、気持ちでウルトラが勝ってたっつーか・・・。ラインアウトも、相手ボールまで取れる感じがしてました。
      マイボールも、首藤(LO)が必ず取ってくれるって思ってましたし。


でもそれは外から見ても、そんな感じがしてたよね。なんかわかんないんだけど、あれだけ練習でも合わなかったラインアウトが
ほぼ100%取れたもんね。う〜ん、不思議だったね。FWには失礼だけど(笑)
      

宮崎  「フィールド全体に信頼感がありました。ボール投げてても、ここは首藤ぜったい取る、とか、ダミー振ってずらしてあいつは取る、
     とか、もう見えてました。んでそのとうりアイツ取ってましたから。スクラムも、押せはしないけど、押されない自信もなぜかあって、
     第一にやってて楽しかったですね。まとまりもすごくあったし、一人一人が”何をせにゃいかんか”と言うのもみんながわかってて
     、フィールドの外にいるみんなも”ひとつ”になってましたよね。ウチの試合って、良いゲームの時は、ベンチも控えのみんなも
     じっとしてないじゃないですか?(笑)そういう一体感みたいなのがありましたね、あの日は。」


「やっぱりまず”目の前の敵”を倒すことだと思うんですよ。」

全国大会から帰ってきて、今シーズンウルトラマンは変わったんだろうか?良いことも悪いことも含めて

宮崎   「変わりましたね。変わったような気がします。う〜ん・・・悪い方で言うと、形にこだわりすぎてるとこかな。あと、目の前にいる敵が難関
      なんですけど、九州、全国と、まぁ悪いことじゃないんですけど、まず一つ前にやらなくちゃいけないことがあると思うんですよ。やっぱ吉四六戦
      の大切さとか、例えば試合前の練習でモールゲームが少なかったりとか。それってどうなんかな?って・・・そういう面で不安でしたね今年。」


次回は悔しい結果に終わった2002年シーズンを振り返ってもらう。九州で準優勝し、初の”全国”と名の付く大会を経験しながらも
、新しいことにチャレンジした2002シーズン。更に彼の2003シーズンの目標。
フィールドプレーヤーとしての興味深い意見が聞ける次回は必見です。


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〜第一回 ラグビーとの出会い、そしてウルトラマンクラブとめぐり会うまで〜
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宮崎輝尚 (みやざき てるひさ)

生年月日 昭和49年6月21日生まれ 28歳
ラグビー歴 大分東高 → 第一経済大学 → ウルトラマンRFC
ポジション フッカー
        「最初はNo.8だったんですよ。で、プロップ、フッカー
        って感じですね。」
仕事 富田薬品
休みの日は? なんにもしないですね〜。買い物とかかな。
趣味 ダイエット?とプロフィールにはあるが、コーラ死ぬほど好き
    だよね。今は奥さんに止められてるみたいだね。(管理人談)